研究概要

電子スピンを使った量子コンピュータ固体素子の基礎研究

SiP time-resolved EPR study Phase memory time measurements on Si:P systems by means of pulsed EPR technique. 29Si nuclear spins (I = 1/2, natural abundance = 4.7%) destroy spin coherence of P donors, resulting in much shorter phase memory time for 29Si enriched Si:P system. For example, see E. Abe et al [11].

Si中に埋め込んだPドナーの時間分解EPR測定.電子スピン量子ビットの候補の1つ.そのコヒーレンス持続時間を測定した.29Si核スピンのもたらす局所磁場変動が電子スピンのコヒーレンスを破壊していることを示している(慶応大学・伊藤研究室と筑波大学,論文[11]ほか).

SiCP time-resolved EPR study Spin-lattice relaxation times of various phosphorus (P) donors in Si and SiC. P donors in SiC showed strikingly different behaviors depending on their substitution sites (Si or C). Carbon-site P donors maintain much longer spin coherence as compared to silicon-site P donors in Si and SiC. Our experiments suggested that the key factor for longer spin coherence is larger valley-orbit splitting. Part of results were reported in J. Isoya et al [7].

電子スピン量子ビットの候補の1つ,Pドナーのスピン格子緩和時間のSi中とSiC中での比較.SiC中のC置換PドナーはSi中のPドナーよりも大幅にコヒーレンス持続時間が長く,その逆にSi置換Pドナーは短くなっている.コヒーレンス持続時間縮小の原因はvalley-orbit分裂の小ささ(6meV@4H-SiC,3-4meV@6H-SiC)による.また,Si置換Pドナーではコヒーレンス持続時間の角度依存性が強く見られた(日本原子力研究開発機構と筑波大学,論文[7]など).

研究分担者:伊藤公平(慶應義塾大学理工学部助教授),大島武(日本原子力開発機構)

量子コンピュータは“1”と“0”の「重ね合わせ」の状態をとることができるという量子力学の世界の性質を利用するので、強力な超並列計算が実現できる。例えば、1と0による2進数のデータを用いる現在のコンピュータでは、例えば千通りの数字を組み合わせた暗号を解くのに千回の計算を必要とするのに対して、1と0の情報を同時にもつことのできる量子状態を10ビット用いると、1度の操作で答を出すことができる(ショアの因数分解アルゴリズム)。この他にも、量子コンピュータの強力な超並列計算を活かす応用としてグローバーのデータベース検索アルゴリズムがある。グローバーのアルゴリズムでは、しらみつぶしの検算以外に方法がないという問題(N個のファイルの中から正しい1個のファィルを探し出す)の解決に対して、毎秒100万回検算するコンピュータで10年かかった問題が1秒以内でできることになるとされている。量子コンピュータのもつこれらの能力は、既存のコンピュータでは不可能だった新たなネットワーク機能を実現すると期待されている。

量子コンピュータの実用化にあたっては、コーヒーレンスの持続(1と0の情報を同時にもつ「重ね合わせ」の状態をどのくらい維持できるか)が必要である。量子計算は核スピンの磁場中での回転運動(核磁気共鳴)で実験例が示されているが、シリコン中の浅いドナーの燐など核スピンと結合した電子スピンの磁場中での回転運動(電子スピン共鳴ESR)を用いた固体素子での実用化が期待されている。シリコン中の燐の場合には位相記憶時間の長い状態を得るには低温にする必要がある。我々は、SiC中の燐を用いると、低温にしなくても位相記憶時間が長くなる可能性があることに注目し、イオン注入・イオン照射によるSiCへの燐ドープを試みた。

SiC中の燐は合成段階でドープすることは難しく、浅いドナーのESRシグナルの観測は中性子転換ドーピング(核反応により30Siを31Pに転換)の例があるのみであった。我々は高エネルギー(9〜21MeV)の燐イオンを800℃で打ち込んだ6H-SiCおよび340keVの燐イオンを800℃で注入した6H-SiCにおいて、1650℃の熱処理(30分間)後に、浅いドナーの燐のESRシグナルを観測した。イオン注入・イオン照射したSiCにおいて浅いドナーの燐と帰属されるESRシグナルを観測したのは初めての例である[4],[c1],[c2]。損傷としての欠陥のみでなく、浅いドナーの燐と帰属されるESRシグナルが観測されたことから、ドーピング効率を上げるための最適の注入条件・アニール条件の探索に対して有用な評価手段になると考えられる。

さらにSiC中の浅いドナーの燐について、位相記憶時間の温度変化をパルスESR法により測定し、位相緩和の機構を明らかにすることを行っている[d12]。

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